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2006年11月29日 (水)

女王演説②

女王演説の当日、女王は午前11時頃バッキンガム宮殿を出発し、午前11時30分前に議会(ウエストミンスター宮殿)に到着します。到着後間もなく女王演説を行い、午後零時過ぎに議会を後にします。

バッキンガム宮殿から議会までは単なる移動に過ぎず、そこに意味はないのですが、この女王一行の行列が華やかでかつある意味仰々しく、言葉は悪いですが見世物になっています。

女王一行の行列は1kmくらいあって、鼓笛隊やら騎馬兵やらが順番に通過していきます。女王の王冠だけを乗せた馬車も通過したりします。

Img_1208 左の写真は女王の馬車です。ちなみに向こう側に見える建物が大蔵省です。議会はこの写真の左手すぐのところにあります。

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Img_1220 帰りの写真①。

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Img_1224 帰りの写真②。

どなたでしょう? ちなみに後ろはパーラメンタリー・スクエアで、後ろの像はチャーチル首相です。

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Img_1219 帰りの写真③。

後ろはウエストミンスター寺院です。

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議会周辺図をご覧になりたい方は下記リンクをどうぞ。

http://www.parliament.uk/commons/lib/colmap.pdf

ちなみに、私は上記地図の②のあたりで見物していました。女王は上のWhitehallから南下し、Soverign's Entranceから入退場します。

年に1回しかありませんし、11月にロンドンを訪れる予定の人は是非ご覧になることをお勧めします。

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女王演説①

11月15日(水)は英国議会の開会日でした。

英国議会は二院制でいわゆる貴族院(House of Lords)と庶民院(House of Commons)に分かれています。

貴族院は世襲貴族、一代貴族、法曹貴族、司教など約750人によって構成され、任期はありません。おどろくべきことに給与はもらえません(諸手当はもらえます)。

一方、庶民院は小選挙区制による選出された646人の議員によって構成され、任期は5年です。首相は庶民院を解散することができ(形式的な決定権者は女王です)、通常、4年ごとに選挙が行われています。

前回の総選挙は昨年5月に行われ、労働党が歴史上はじめて3期連続で勝利しました。現在の首相は言うまでもなくトニー・ブレアです(ただし、ブレア首相は来年夏までには辞任するそうです)。

こちらでは、総選挙から総選挙の間を議会期と呼んでいます。上述のとおり、議会期は最大で5年となります。そして議会期は1年ごとの会期に分かれています。

会期は通常、11月の中旬に始まり、翌年の11月中旬に終わります。そういう意味で、英国は通年国会と言えるのですが、実際のところ、1年に6回休会があり、約4ヶ月前後が休みになるため、開会日数としては日本と変わりがありません。

前置きが長くなりましたが、会期の初日には女王が議会を訪問し、その会期にどのような法律を提出するかのスピーチを行います(原稿は内閣が書きます)。これを女王演説と呼んでいます。

女王演説は日本の施政方針演説に近いものがあります。ただし、女王が直々にスピーチを行いますし、日本に比べれば内容は簡潔ですし、時間も30分足らずで終わります。回数も年に1回しかありません。

女王は議会に年に1回、女王演説のときにしか訪れないのですが、議会内部には女王の控え室や応接室があり、貴族院の議場には玉座があります(まあ、元々議会は宮殿だったので当然と言えば当然なのでしょうが)。

(続)

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2006年11月10日 (金)

二階建てバス

古い話になりますが、昨年の12月9日に旧型の二階建てバスがその役割を終えました。

旧型の二階建てバスの正式名称は「ルートマスター(Route Master)」と言います。
おそらく大部分の日本人が想像する二階建てバスはこのタイプのものです。

ルートマスターは1954年から1968年までにわたって約2900台が製造されました。
当時としては最新と思われるパワー・ステアリングやATを備え、最大時速47マイル(約75km)、29秒間で40マイルまで加速できる性能を備えていました。
当初は17年の使用期間を想定して製造されたのですが、多くは35年以上経った今(05年12月)でも使用されています。

現在の新型のバスとは違い、乗降口は後ろの一ヶ所のみで、必ず、運転手とは別に車掌さんが乗車して切符を発行します。
また、乗降はどこでも可能で、降りる場合には、窓の上にある紐を引っ張りベルを鳴らすという仕組みになっています。

ルートマスターはその個性的なデザインと50年以上に渡ってロンドン内を走りまわったこともあって、ロンドンの顔の一つとなりました。
たとえば、今でも二階建てバスのミニカーはルートマスターを模したものとなっています。

ロンドンの顔でもあったルートマスターなのですが、乗降口が後ろしかなくしかも床までの段差がかなり高いため、お年寄りや女性、車椅子の方々に不便かつ危険であるとして、廃止が決定されました。そして、昨年の12月9日が最後の日になりました。

S08_1315180062 左は、最終日の様子を報じた05年12月10日付けのタイムズ紙です。ちなみに、上の記述もタイムズ紙の記事をベースに書きました。

さんざん感傷的なことを書いておいておきながら、一点付言すれば、「ルートマスターはまだ走っています」。

というのも、バス路線の9番線(Albert Hall to Aldwych)と15番線(Trafalger Square to Tower Hill)がヘリテイジ・ルートとされ、20台のルートマスターを走らせることに決まったかからです。

観光客が訪れる市内中心地はヘリテイジ・ルートのルート上でもあるため、観光客の方はルートマスターを結構見かけることがあると思います。ですので、観光客の方からは廃止されたという実感が沸かないのではないかと思われ
ます。こういう私も、ルートマスターは良く見かけるため、何も変わっていないような感じがして、何であんなに大騒ぎしたのかいまだに不思議に思っています。

2006_08170065 左の写真は今年の8月に撮りました。ちなみに普通のバスとの違いは、行先表示が黒地に白ということです(普通は黒地に黄色)。

何にしろ貴重なバスではありますので、姿を見かけたら乗ってみることをお勧めします(料金は普通のバスと同じです)。

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2006年11月 9日 (木)

ブレーメン②

ブレーメンの街の様子を簡単に紹介します。

Img_0536 駅から南に500mくらい行ったところにあるのがマルクト広場です。

ヨーロッパの都市でよくある石畳の広場です。

左の建物が市庁舎で15世紀に建立されました。この写真で言うと左の端に音楽隊のブロンズ像があります。

Img_0539 マルクト広場その2。

上の写真の反対側です。

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Img_0540マルクト広場にある騎士ローラント像です。これは15世紀に建てられた2代目ですが、初代はカール大帝が建てたそうです。平和と権利のシンボルらしいです。

この市庁舎とローラント像は04年に世界遺産に登録されています。

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Img_0550_1街の見所のひとつはベットヒャー通りです。

洗練されたやや近代的なお洒落な街並みです。

この写真はベットヒャー通りにある建物の一つです。何か有名なものらしいのですが・・・。

・・・Img_0560

もう一つはシュノーア通りで、細い路地にいろいろなお店が立ち並んでいます。

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Img_0561 シュノーア通りの街並み。

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Img_0566 こんなに細い路地もあります。

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「音楽隊」だけをキーワードにブレーメンに行ったのですが、思ったより見所が多く、行って損はありませんでした。機会があれば訪ねてみることをおすすめします(まあ、丸一日あれば十分ですが)。

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ブレーメン①

先日、ブレーメンに行ってきました。
ブレーメンはドイツの北西にある街です。古くはハンザ同盟に加盟し、貿易都市かつ自由都市として繁栄を謳歌しました。

かつて、連想ゲームで加藤芳郎から「ブレーメン」と問われた際に、大和田獏は「音楽隊!」と答えたように(嘘です)、日本人からすれば、ブレーメンと言えば音楽隊しかありません。

「ブレーメンの音楽隊」はご存知のとおりグリム童話の一つです。あらすじについては、下記ウィキペディアのリンクをご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%81%AE%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E9%9A%8A

ウィキペディアの記述を見て驚いたのは、この童話の舞台は実はブレーメンではないということです。
動物たちはブレーメンを目指してはいたのですが、童話で語られる出来事はブレーメンに行く途中の森の中で起きています。また、大団円を迎えた後、動物たちはブレーメンに行くことをやめてしまったそうです。

そういうトリビアな事実があるにもかかわらず、ブレーメンは「音楽隊」を観光の中心に据えているようです。
ある意味、これは詐欺ですよね。

Img_0532 左の写真は市庁舎の脇にある音楽隊のブロンズ像です。この像は1953年に建てられたそうです。
「ブレーメンの音楽隊」関連の史跡と言えば、おそらくこれしかないと思います。
そういう意味で、「ブレーメンに行った」との感慨にふけるためには、ここを訪ねるしかないわけですが、あまり期待して行くとガッカリします。

まあ、所詮ブロンズ像ですから。一見して記念写真を撮ったらそれで終わりです。
聞くところによれば、この銅像は「ドイツ三大ガッカリ」に認定されているそうです(嘘です)。

銅像のロバの両足は多くの人に触られて黄色く変色しているのですが、これは、ロバの両足をなでて願い事をすると、それがかなうと言われているからだそうです。

私はここを訪れたときはその話は知らなかったのですが、英下院のチャーチルの銅像の話を思い出し、たまたま撫でていました。ただ、心頭滅却した状態だったので残念ながら何らのご利益もないでしょう。

とにかく、街にはいたるところに音楽隊関連のものがあります。

Img_0544・・・

とある子供服店の前に置いてありました。

ロバの鼻の穴はでかいです。

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おみやげも音楽隊関連のグッズが多いです。

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Img_0545 ・・・

これに限らず、Tシャツとか置き物とかぬいぐるみとか街中の店で売っています。

(つづく)

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2006年11月 8日 (水)

ボンファイアナイト②

前述のとおり、ボンファイアナイトで伝統的な行事を行っているところは少なくなってきています。

その中でも、イギリス南西部のルウェス(Lewes)で行われるボンファイアは有名なようです。

とある事情によりうちの妻が見に行ってきましたので、その写真を何枚か紹介します。

Img_0632 こんな感じで中世の装束に扮した人々がたいまつを持って街を練り歩きます。

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Img_0594_1 ・・・

これは何?

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Img_0595 ・・・

これがおそらくガイ・フォークスを模したものなのでしょう。

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・・・Img_0652

ライス国務長官?? ライス(?)が左手に持っているのはブレア首相でしょうか? その手前はブッシュ大統領??

推測するに、ここでは伝統的なボンファイアの祭りから逸脱し、市内の町内会(?)がそれぞれ工夫を凝らして仮装行列をしているのではないかと思われます。

そうだとすれば、上の写真もガイ・フォークスか怪しいものです。現代的な服を着ていますし、ひょっとすると、いま離婚騒動で渦中のポール・マッカートニーかもしれません。

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Img_0611_1 ・・・

いずれにせよ、最後には何でも燃やします(たぶん)。

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妻の談によれば、「あたり一面たいまつと火の粉だらけで非常に危険で怖い」とのことです。主催者も子供の来場を勧めていないようです。

ご関心のある方は下記のウェブサイトへどうぞ。

http://www.lewesbonfirecouncil.org.uk/

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ボンファイアナイト

11月4日、5日の週末はボンファイア・ナイトでした。
ボンファイア・ナイトとは別名ガイ・フォークス・ナイトとも言い、一言で言ってしまえば、1605年に起こった火薬陰謀事件を未然に阻止したことを記念するお祭りです。

火薬陰謀事件とは、カトリック教徒(当時国王から弾圧を受けていた)のガイ・フォークスが英国の国会議事堂であるウエストミンスター宮殿の地下室に爆弾を仕掛け、開会式に出席する国王の殺害を企てた事件です。しかしながら、この陰謀は未然に発覚し、ガイ・フォークスは拷問にかけられ最後には処刑されました。

その後、イギリスでは事件が発覚した11月5日をガイ・フォークス・ナイトとして事件が未然に終わったことを祝う風習が生まれたそうです。

詳しくは下記ウイキペディアの記事をご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B9

ウィキペディアの記事によれば、「ガイ・フォークスを表す人形を児童らが曳き回し、最後には篝火に投げ入れられて燃やされる」という行事が行われていたようですが、現在ではそのようなことは行われず、もっぱら「花火大会」となっています。

ちなみに、英語で男のことを「ガイ(GUY)」と言いますが、この語源の由来はガイ・フォークスから来ているようですね。これは予想GUYデス。

このボンファイアナイトの週末は本当にすごいです。
ロンドンのいたるところで花火大会が行われます。
我が家の近辺でも、クリケット場やラグビー場など無数の場所で花火大会が行われました。
家にいると、夜の7時くらいから10時くらいまでひっきりなしに花火の爆発する音が聞こえてきます。もちろん、家からも(遠目ですが)見ることができます。

我が家では5日に近くのラグビークラブが主催する花火大会に行ってきました。
通常は入場するために料金が必要で、ここでは大人5ポンド、子供はただ、駐車場代3ポンドでした。

昨年行った別のところでも大人5ポンドだったので、大体これが相場なのでしょう。

花火自体は日本のそれに比べれば大したことはありません。
ただ、日本に比べるとかなり近いところで見ることができるため、迫力はむしろこちらの方があるのかもしれません。
また、今回行ったところは15分くらいで終わってしまったため、若干物足りなく思いました。

何にしろイギリスでは花火大会はほぼこの時期しか見られないので、非常に貴重です。
みな、どこかの花火大会には繰り出しているようです。

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